2度目の3月11日
震災が起きてから2度目の3月11日ですね。一昨年と同じように時々雪が舞う寒い日ですが太陽も顔を出していてあの日よりは過ごし易いです。
昨年の3月11日はバイト中で、ゆっくりこの日を迎えることはしませんでしたが今年は在宅なので静かに振り返りながら過ごしました。
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今日は学校関係も午前で授業を終え、それぞれ追悼集会の参加やお墓参りやお寺に行ったり亡くなった方の家族の家へお線香をあげに行ったりしています。来年からは『鎮魂の日』に県が指定して学校関係はお休みになるとか。
そしてこの日が近くなると、震災の後に初めて買い出しに行ってようやく見つけたお菓子だったりとか、あの時に育てていたお花(黄色のラナンキュラス)だったりを思い出して買ってしまいます。
今日はついつい、一昨年の今頃は数時間後の震災なんて思いも寄らなくてあんな事やこんな事をしてたなぁと思ってしまってます。
以前の記事の『震災直後と2日目』の一昨年の震災直後の写真と現在の写真を比べてみると、あの時は片付けるにはどれくらいかかるんだろうと途方に暮れるばかりだった瓦礫も今はキレイに無くなりました。でもその跡には何も建つ予定はありません。
行政サイドは元の土地に戻っても良いと言っていますが、流石に怖くて誰も戻ろうとはしなくて近くの高台に移転する予定です。
となると元の土地ですが、行政サイドでは何も予定が無いので買い上げるわけでもなく、ずっと元の地主の物のままです。更地のままず~っと固定資産税とか払い続けるんですよね。売ろうとしても買い手がつかないし、買い手があっても安いですし。かといって戻ろうにもライフラインは復旧してないですし、たかだか数件の為のライフラインを行政は復旧してくれないので自力での復旧となります。でもそんな費用を個人が担える筈もないです。1メートルもかさ上げしなくちゃならないし……。
ここの集落はもう元に戻ることは無く、何にも利用されないままになってしまうのかな…………?
そろそろ震災も風化してきているようで、忘れない為にはどうするか? 次の世代に伝えるにはどうすれば? が課題になっていますが、忘れたい人が地元には多いのが現実で、気仙沼の震災の象徴となっている津波によって陸に上げられた大型漁船を残すか解体するかで意見が二分しています。
ウチの父上は『大きすぎて邪魔だから壊せばいいのに』と言ってますが、その大きさが大切なんですよ! 私は残して欲しい派なのですが、地元住民の意見は解体派が多そうで残念だなぁ。
「自分たちが伝えるから船は必要無い」なんて言っている人は、一体何年生きられるつもりでそんなコトを言っているのかな? 人の寿命はせいぜい100年、明治や昭和の三陸大津波やチリ津波さえも伝えられなかったのに何を戯言を言ってんだろう。(キツイ言い方かしら?)
何よりやはり『百聞は一見にしかず』なんですよ。あの船は、例え全体を残すことは出来なくとも、いかに船が大きかったかを想像させられる一部分だけでも残して欲しいものです。
昨年の3月11日はバイト中で、ゆっくりこの日を迎えることはしませんでしたが今年は在宅なので静かに振り返りながら過ごしました。
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今日は学校関係も午前で授業を終え、それぞれ追悼集会の参加やお墓参りやお寺に行ったり亡くなった方の家族の家へお線香をあげに行ったりしています。来年からは『鎮魂の日』に県が指定して学校関係はお休みになるとか。
そしてこの日が近くなると、震災の後に初めて買い出しに行ってようやく見つけたお菓子だったりとか、あの時に育てていたお花(黄色のラナンキュラス)だったりを思い出して買ってしまいます。
今日はついつい、一昨年の今頃は数時間後の震災なんて思いも寄らなくてあんな事やこんな事をしてたなぁと思ってしまってます。
以前の記事の『震災直後と2日目』の一昨年の震災直後の写真と現在の写真を比べてみると、あの時は片付けるにはどれくらいかかるんだろうと途方に暮れるばかりだった瓦礫も今はキレイに無くなりました。でもその跡には何も建つ予定はありません。
行政サイドは元の土地に戻っても良いと言っていますが、流石に怖くて誰も戻ろうとはしなくて近くの高台に移転する予定です。
となると元の土地ですが、行政サイドでは何も予定が無いので買い上げるわけでもなく、ずっと元の地主の物のままです。更地のままず~っと固定資産税とか払い続けるんですよね。売ろうとしても買い手がつかないし、買い手があっても安いですし。かといって戻ろうにもライフラインは復旧してないですし、たかだか数件の為のライフラインを行政は復旧してくれないので自力での復旧となります。でもそんな費用を個人が担える筈もないです。1メートルもかさ上げしなくちゃならないし……。
ここの集落はもう元に戻ることは無く、何にも利用されないままになってしまうのかな…………?
そろそろ震災も風化してきているようで、忘れない為にはどうするか? 次の世代に伝えるにはどうすれば? が課題になっていますが、忘れたい人が地元には多いのが現実で、気仙沼の震災の象徴となっている津波によって陸に上げられた大型漁船を残すか解体するかで意見が二分しています。
ウチの父上は『大きすぎて邪魔だから壊せばいいのに』と言ってますが、その大きさが大切なんですよ! 私は残して欲しい派なのですが、地元住民の意見は解体派が多そうで残念だなぁ。
「自分たちが伝えるから船は必要無い」なんて言っている人は、一体何年生きられるつもりでそんなコトを言っているのかな? 人の寿命はせいぜい100年、明治や昭和の三陸大津波やチリ津波さえも伝えられなかったのに何を戯言を言ってんだろう。(キツイ言い方かしら?)
何よりやはり『百聞は一見にしかず』なんですよ。あの船は、例え全体を残すことは出来なくとも、いかに船が大きかったかを想像させられる一部分だけでも残して欲しいものです。
by mayoi-maimai
| 2013-03-12 00:49
| 雑記
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